大好きだった人。

昨晩と今日、ワタシはある場所に足を運ぶことになる。
その人はいっしょにいるだけで、ホっとさせてくれるこころのあったかい人だった。
周囲を和ませ、元気をくれる人。
曲がったことが大キライ。まさに竹を割ったような気持ちの真っすぐで、豪快な人。
いつも「さすが、おかん。男前!」とワタシをうならせた(笑)

でも、ほんとは誰よりも女性らしくかわいいひと。
今の季節で言うと、湯たんぽ。そう、湯たんぽな人。
どっしりとした安定感とどこにいてもわかる存在感。
いつも自分の事より人のこと。
明るくて、愛情いっぱいのみんなのお母さん。
彼のことも「ギャング」と命名頂き(笑)いつも気にかけてくれていた。
会うと「ギャング、どないしてる?元気ぃー?」の声。

ちょうど2年前、サチコさんを見送った際、お通やの夜。
まるで子供のように泣きじゃくる彼の横で「好きなだけ泣いたらええ。」そう言ってそばに寄り
添ってくれた。
体調の悪いカラダを引きずって、足を運び、我が家に寄り添ってくれた。
偶然にもサチコさんと同い年。
昭和19年生まれ。
あの日から彼にとっても第2のおかんであったに違いない。
その人はその時「余命2ヶ月」とお医者さんに宣告され、半年ほど経過していた。
末期がんだった。
あれから2年。
見舞いに来る人来る人を。また会う人会う人、1人残らず、激励し続けたでっかい人。
どちらが病人だかわからなかった(笑)

昨晩のお通やは一応、19時からだったが、私達が会いに行けたのは22時。
彼もワタシもなんとなくすぐに駆けつけられなかった。
普段のようにお風呂に入り、ゆっくり食事を摂る彼。
でも、やたらにしゃべり、明るく振舞っていた。
普段よりもしっかりめに家事をするワタシ。
あー、こんな時、彼女達がいてくれてよかった。
そう、思った。
頭ではわかっていたが、いざ向かうとなると、少しこころの準備が必要だった。

そして今日。
彼は告別式には出なかった。
娘達を実家の母に頼み、ワタシのみの出席。
ひとりで参列し、泣き倒した。
こんなに泣いたのは久しくない。
おかげで少しすっきりした。
彼女のお人柄を思わせるたくさんの人。
ガンを患っていたとは思えないふっくらした頬。
安らかな顔。
こんなにたくさんの人と繋がって生きて来たのだ。
彼女の人生勝利の証である。
こーゆー風に言うのかどーかわからないが、とてもあったかいいいお葬式であった。

ワタシは生死は流転していると信じている。
肉体は滅んでも、生命は永遠だと。
1日のサイクルのように。
朝起きて、夜眠りにつくように。
うまれて、死んでを繰り返していると。
もう産声を上げているのかもしれないと。

そして、ワタシの心に大好きだったあの人はいる。
「ギャング、元気にしてるか?」


                       ワタシはまた、新しい朝を迎える。

       
        < 和子さん、心よりご冥福をお祈り致します。本当にアリガトウ。 >